006 - 順運動学
今回の内容
本チャレンジでは、初心者の方でも簡単に人形ロボットの運動計画ができるように、
vnoidというサンプルパッケージが用意されております。
今回はvnoidパッケージの機能の一つ、順運動学ソルバー(fksolver)について解説します。
順運動学とは
概要
順運動学とは、ロボットにある関節変位を与えたときの
先端効果器の位置・姿勢を求める問題のことです。人型ロボットの腰リンク(以降ベースリンク)中心に、基準座標 $\Sigma_B$ を置きます。
基準座標系$\Sigma_B$から見た各リンク座標系 $\Sigma_i$ の位置・姿勢を計算し、
最終的に先端効果器の位置・姿勢を求めるのが目標です。座標変換の一般論
目標達成のため、ある座標系 $\Sigma_a$ から別の座標系 $\Sigma_b$ を定義する、
一般的な方法について考えてみましょう。$\Sigma_a$ に対する $\Sigma_b$ の位置に関しては、
並進方向の位置の差 $\boldsymbol{{}^ap_b}$ によって表現できます。次に、 $\Sigma_a$ に対する $\Sigma_b$ の姿勢の表現方法について考えてみましょう。
$\Sigma_a$ を基準とした姿勢とはつまり、
「 $\Sigma_a$ の関節軸周りに $\Sigma_b$ がどれだけ回転しているか」です。$\Sigma_a$ と $\Sigma_b$ をつなぐ関節が、
ロール・ピッチ・ヨー方向のいずれかに回転しているとして、
回転を回転行列 $\boldsymbol{{}^aR_b}$ で定義します。
すると、 $\Sigma_a$ に対する $\Sigma_b$ の姿勢は、回転行列 $\boldsymbol{{}^aR_b}$ によって表現できます。$\boldsymbol{{}^ap_b}$ と $\boldsymbol{{}^aR_b}$ によって、
$\Sigma_b$ 系の点を $\Sigma_a$ 系から表現できるかを確認してみましょう。そこで、$\Sigma_b$ から見て常に同じ場所に位置する点$E$について考えてみます。
$\boldsymbol{{}^bp_E}$ は固定ベクトルですが、
$\Sigma_a$ から見た点 $E$ $\boldsymbol{{}^ap_E}$ は $\Sigma_b$ の回転に伴って位置が変わります。回転行列をかければベクトルは指定したロール・ピッチ・ヨー回転をしますので、
以下図のような構図が見えてきます。よって、$\boldsymbol{{}^ap_E}$は次の式で与えられます。
$$ \boldsymbol{{}^ap_E} = \boldsymbol{{}^ap_b} + \boldsymbol{{}^aR_b} \boldsymbol{{}^bp_E} $$以上のことから、$\Sigma_a$ から別の座標系 $\Sigma_b$ は、
$\boldsymbol{{}^ap_b}$ と $\boldsymbol{{}^aR_b}$ によって定義できることが分かります。ロボットの順運動学計算
さて、目標は人型ロボットの基準座標系$\Sigma_B$から見た、
各リンク座標系 $\Sigma_i$ の位置・姿勢を計算し、
最終的に先端効果器の位置・姿勢を求めることでした。上記の議論に基づけば、 $\Sigma_{B}$ から見た $\Sigma_{i}$ の位置・姿勢は次式で表せます。
$$ \boldsymbol{{}^Bp_i} = \boldsymbol{{}^Bp_{i-1}} + \boldsymbol{{}^BR_{i-1}} \boldsymbol{{}^{i-1}p_i} $$
$$ \boldsymbol{{}^BR_i} = \boldsymbol{{}^BR_{i-1}} \boldsymbol{{}^{i-1}R_i} $$
ここで、 $\boldsymbol{{}^{i-1}p_i}$ は各リンク座標間の相対位置であり、
リンク長さによって決まります。
また、$\boldsymbol{{}^{i-1}R_i}$ は各リンク座標間の回転行列であり、
は関節変位によって決まります。$i = 1$ から先端効果器を意味する番号まで、これら二式を繰り返し用いれば、
基準座標系 $\Sigma_B$ から見た先端効果器の位置・姿勢を計算できます。以上のように、リンク座標間の相対位置と関節変位が与えられれば、
基準座標から見たリンクの絶対位置が計算できることが分かります。
この計算を順運動学計算といいます。
vnoidロボットの機構モデル
サンプルコードの解説に入る前に、vnoidロボットの機構モデルについて説明します。
以下図に示すのが、vnoidロボットの機構モデルです。
vnoidのロボットには、1本の腕につき7つ、1本の脚につき6つの関節がついています。
ロボットの関節にはそれぞれが識別できるように以下図のようにidが振られています。
なお、ロボットから見て右側の機構については省略しています。
図中の $r$ , $p$ , $y$ はそれぞれロール・ピッチ・ヨーを表しており、
その刻印が入った関節モーターは、その方向に回転します。
なお、ロール・ピッチ・ヨー方向の回転はそれぞれ、
$x$ , $y$ , $z$ 軸周りの回転に対応します。
サンプルコードの解説
vnoid/src/fksolver.cpp
を、脚の順運動学計算を例に解説します。
脚の順運動学計算は、FkSolver::Comp関数内の124行目から始まります。
変数の定義
まず変数の定義についてです。
leg_pos
、leg_ori
、leg_axis
はそれぞれ、
ベースリンク座標を基準としたときの、
脚関節のローカル座標の位置、回転姿勢、回転軸です。なお回転姿勢については回転行列 $\boldsymbol{R}$ の代わりに四元数 $\boldsymbol{Q}$ で表現されます。
四元数の詳細な説明に関しては、分かりやすくまとめられた記事がございますので、
ぜひそちらをご参照ください。
また、四元数を視覚的に表現する試みもあるようです。関節回転変位の読み込み(125~128行目)
for(int i = 0; i < 2; i++){ for(int j = 0; j < 6; j++){ q[j] = joint[param.leg_joint_index[i] + j].q; } ...
最初のfor文は、左右脚のうち一本ずつ順運動学計算をすることを意味します。
その一つ下の階層のfor文で、脚関節の回転変位を一つずつ読み込みます。
ここでleg_joint_index
とは、脚の付け根関節のidであり、
右脚であれば18、左脚であれば24です。脚の順運動学(130行目、8~31行目)
次に130行目のCompLegFk関数について説明します。
CompLegFk(param.upper_leg_length, param.lower_leg_length, q, &leg_pos[i][0], &leg_ori[i][0], &leg_axis[i][0]);
この関数は大腿・下腿のリンク長さや、
関節の回転変位、脚関節の位置・姿勢・回転軸を引数に持ちます。この関数では、名前の通り脚に関する順運動学を解き、
脚関節の回転変位から、leg_pos
、leg_ori
を計算します。関数の中身を見てみましょう(8~31行目)。
void FkSolver::CompLegFk(double l1, double l2, const double* q, Vector3* pos, Quaternion* ori, Vector3* axis){ Vector3 pos_local[6]; Vector3 axis_local[6]; pos_local[0] = Vector3(0.0, 0.0, 0.0); pos_local[1] = Vector3(0.0, 0.0, 0.0); pos_local[2] = Vector3(0.0, 0.0, 0.0); pos_local[3] = Vector3(0.0, 0.0, -l1); pos_local[4] = Vector3(0.0, 0.0, -l2); pos_local[5] = Vector3(0.0, 0.0, 0.0); axis_local[0] = Vector3::UnitZ(); axis_local[1] = Vector3::UnitX(); axis_local[2] = Vector3::UnitY(); axis_local[3] = Vector3::UnitY(); axis_local[4] = Vector3::UnitY(); axis_local[5] = Vector3::UnitX(); Vector3 pbase(0.0, 0.0, 0.0); Quaternion qbase(1.0, 0.0, 0.0, 0.0); for(int i = 0; i < 6; i++){ axis[i] = (i == 0 ? qbase : ori[i-1])*axis_local[i]; pos [i] = (i == 0 ? pbase : pos[i-1]) + (i == 0 ? qbase : ori[i-1])*pos_local[i]; ori [i] = (i == 0 ? qbase : ori[i-1])*AngleAxis(q[i], axis_local[i]); } }
pos_local[i]
は、第 $i-1$ 関節座標からみた第 $i$ 関節の座標の位置 $\boldsymbol{{}^{i-1}p_i}$ です。
ただし、 $i = 0$ のときは $\boldsymbol{{}^{0}p_0} = [0.0, 0.0, 0.0]^T$ です。
今回の場合、脚の付け根から数えて2番目から3番目の関節の間に大腿があり、
3番目から4番目の関節の間に下腿があります。
大腿の長さは $\text{upper_leg_length} = 0.3$ 、
下腿の長さは $\text{lower_leg_length} = 0.4$ です。
したがって、 $\boldsymbol{{}^{2}p_3} = [0.0, 0.0, -\text{upper_leg_length}]^T$ 、
$\boldsymbol{{}^{3}p_4} = [0.0, 0.0, -\text{lower_leg_length}]^T$ となります。axis_local[i]
は、第$i$関節の回転軸の方向で、
ロール・ピッチ・ヨー(UnitX・UnitY・UnitZ)から選択できます。プログラム26行目から始まるfor文内で順運動学を解きます。
脚の付け根関節基準の $i$ 番目関節の位置 $\boldsymbol{{}^{0}p_i}$ (pos
=leg_pos
)は、
次のように計算されます。
$$\boldsymbol{{}^{0}p_i} = \boldsymbol{{}^{0}p_{i-1}} + \boldsymbol{{}^{0}Q_{i-1}} \cdot \boldsymbol{{}^{i-1}p_i} \cdot \boldsymbol{\overline{{}^{0}Q_{i-1}}}$$脚の付け根関節基準の $i$ 番目関節の姿勢 $\boldsymbol{{}^{0}Q_i}$ (
ori
=leg_ori
)は、
次のように計算されます。
$$\boldsymbol{{}^{0}Q_{i}} = \boldsymbol{{}^{0}Q_{i-1}} \cdot \boldsymbol{{}^{i-1}Q_{i}}$$
なお、四元数 $\boldsymbol{{}^{i-1}Q_{i}}$ はEigenのAngleAxisメソッドを使って、
回転量q[i]
と回転軸axis_local[i]
から生成されます。上記二式を$i$が脚の先端idに到達するまで繰り返し用いることで、
くるぶしまでの各関節の位置・姿勢を計算できます。
なお、脚は6自由度なので先端idは5となります。足裏中心の位置、姿勢を計算(132~134行目)
foot[i].ori = base.ori*leg_ori[i][5]; foot[i].angle = ToRollPitchYaw(foot[i].ori); foot[i].pos = base.pos + base.ori*(leg_pos[i][5] + param.base_to_hip[i]) + foot[i].ori*param.ankle_to_foot[i];
前節で、脚の付け根座標を基準とした、
脚の先端関節(くるぶし)までの各関節の位置・姿勢が計算できました。
くるぶしから足裏中心までの長さがわかっているので、
脚の付け根を基準とした足裏中心の位置・姿勢を計算し、
それをワールド座標系から見た位置・姿勢に変換します。ベースリンクを基準とした脚の付け根関節の位置を $\boldsymbol{{}^Bp_0}$ (
base_to_hip
)とします。
脚の付け根関節を基準としたくるぶしの位置・姿勢をそれぞれ $\boldsymbol{{}^0p_5}$、$\boldsymbol{{}^0Q_5}$ とします。
くるぶしから足裏中心までのベクトルを $\boldsymbol{{}^5p_E}$ (ankle_to_foot
)とします。ワールド座標を基準とした足裏中心座標の位置を $\boldsymbol{{}^Wp_E}$ (
foot[i].pos
)、
姿勢を $\boldsymbol{{}^WQ_E}$ (foot[i].angle
)はそれぞれ次のように計算されます。$$\boldsymbol{{}^Wp_E} = \boldsymbol{{}^Wp_B} + \boldsymbol{{}^WQ_B} \cdot (\boldsymbol{{}^Bp_0} + \boldsymbol{{}^0p_5}) \cdot \boldsymbol{\overline{{}^WQ_B}} + \boldsymbol{{}^WQ_E} \cdot \boldsymbol{{}^5p_E} \cdot \boldsymbol{\overline{{}^WQ_E}}$$
$$\boldsymbol{{}^WQ_E} = \boldsymbol{{}^WQ_B} (\cdot \boldsymbol{{}^BQ_0}) \cdot \boldsymbol{{}^0Q_5}$$
なお、くるぶしから見て足裏中心は常に同じ位置にあるので、
くるぶしと足裏中心の姿勢は常に等しくなり、
$\boldsymbol{{}^WQ_E} = \boldsymbol{{}^WQ_5}$ が成り立ちます。以上の順運動学計算により、
ワールド座標系から見たロボットの足裏中心位置を特定することができます。
プログラム136行目に次の文を追加すれば、
右足の足裏中心位置を表示させることができます。printf("right foot pos: (%lf, %lf, %lf)\n", foot[0].pos.x(), foot[0].pos.y(), foot[0].pos.z());
応用: 重心位置を計算する
各関節の位置・姿勢を特定できることを利用して、
ロボットの重心位置を計算してみましょう(プログラム137行目~)。
ここで、total_mass
はロボットの総質量です。
はじめに141行目で腕、脚以外の胴体質量を足し、
続く146行目で腕の各パーツの質量を足し、
152行目で脚の各パーツの質量を足しています。
また、com
はロボットの重心(center of mass)です。
まず、(パーツの質量)×(パーツの重心位置)の総和をとります。
はじめに142行目で胴体に関して、
続く147行目で腕パーツに関して、
153行目で脚パーツに関して足しています。
最後に157行目で、得られた総和を総質量で割るとロボットの重心が計算できます。
ただし、157行目までで計算される重心はベースリンクを基準としたものです。
ワールド座標系に変換したい場合は、159行目のように計算する必要があります。
// comp center_of_mass
double total_mass = 0.0;
Vector3 com(0.0, 0.0, 0.0);
total_mass += param.trunk_mass;
com += param.trunk_mass * param.trunk_com;
for(int i = 0; i < 2; i++){
for (int j = 0; j < 7; j++) {
total_mass += param.arm_mass[j];
com += param.arm_mass[j] * (param.base_to_shoulder[i] + arm_pos[i][j] + arm_ori[i][j] * param.arm_com[j]);
}
}
for(int i = 0; i < 2; i++){
for (int j = 0; j < 6; j++) {
total_mass += param.leg_mass[j];
com += param.leg_mass[j] * (param.base_to_hip[i] + leg_pos[i][j] + leg_ori[i][j] * param.leg_com[j]);
}
}
com /= total_mass;
centroid.com_pos = base.pos + base.ori * com;
まとめ・次回予告
今回はvnoidパッケージのfksolverについて解説しました。 順運動学の理論に沿って、fksolverのサンプルコードを読み解きました。
次回は、順運動学の逆、逆運動学について解説したいと思います。
次回: 007 - 逆運動学